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kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

将来の不安を解消するのは他人じゃ無く自分次第です

 

今日のエントリーはまた幸福論です、宗教じゃないので安心して読んでください。

(でも駄文です、ごめんなさい)

 

 

職を探していると良く見かける「リストラ無し」「定年までずっと働ける」「未経験者が活躍中」「40代からでもOK」「飛び込み営業無し」「3年目で年収1000万も夢じゃ無い!」とかいうフレーズはサラリーマン時代に読んだときは"馬鹿だな"と思ってましたが、無職になると将来が不安すぎて心を突き刺します(笑)

 

これらは将来の不安解消してくれて、経営が上手くいってる会社の社長さんが貧乏人の私に幸せを分けてくれそうな宗教的救いにすら見えるのですが、いやいや、それはやっぱり間違ってて騙されてると思うのです。

 

そもそも不安の無い仕事、不安のない人生なんてあるのでしょうか?

 

将来の安心を自分の時間を切り売りして得られるという発想は団塊世代で終わっていて、何度も書いてますが現代では大手企業でも5年先が見えません。

 

その証拠に私の前職場はテレビ等では(買収して)良いように書かれていますが、内部は超ボロボロ。社員のモチベーションはマイナスだし、追い出し部屋も当たり前のようにあって社員を研修して国の研修補助金制度を悪用してるし、出来る人(※私以外)はみんな早期退職で辞めたし、で最悪です。申し訳無いですが前職場の製品は信用できなくて除外してるぐらいです。

 

 

そんな会社に就職して数年はお給料を貰えたとしても問題(不安)の先延ばしでしか無く、一時的に「安心した」と錯覚しているように思えます。

 

 

例えば小中高、大学も入れたら22年以上ずっと養ってもらってて、目の前に勉強という目標をぶらさげられ、それに向かって進むだけだったのに不安が無かったでしょうか?ずっと幸せだったでしょうか?楽ちんでしたか?

 

答えはNOだと思います。

 

親に養ってもらってたって、勉強してれば良いっていわれたって、私は学生には絶対に戻りたくないぐらい悩んで苦労してきたと思うし、今の方が楽です。

 

では、医大を出て大病院のドクターやってるから幸せかというとそれも違いますし、貯金が億単位であるから幸せかというとそれも違います。

(※うらやましいですけどね…)

 

 

どう考えたって将来の不安は今後死ぬまで無くならないんです。

 

歳を重ねれば今までなかった健康の不安もあるし、老いれば死への不安まで出てきて生きることって不安の連続で、ずっと無くなることなんてないんです。

 

 

いっつも幸せそうに笑って「ぼく無職で遊んでますよ、えへへ」と言ってビール飲んでる私も、夜に布団に入れば手が震えるほど不安で死にたくなってるんですけど、それは不幸とかじゃなくて、生きるってそういう時期もあれば超楽しい時期もあって錬金術みたいにゼロサムなんだと思います。

 

不安とは上手く付き合わなければいけない持病みたいなもの。

楽しいこともいっぱいあって、だから苦しいこともいっぱいある、それで良い!それが人生!と思い楽しんで生きたいなと思います。

 

泣いても腹は減るんです、明日死ぬかもしれないなら笑って楽しみましょう!

 

 

 

 

でわでわ。