kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

苦労は報われると思っちゃう罠

 

近頃は知人の農家で畑仕事をお手伝いしてます。

 

これがミラクル地味でして、手伝ってると言ってもハウスの中で喋りながらじゃ無くて私が担当している木々が山盛り生えてる山の斜面で一人黙々と草刈りとかしてるだけだし、蚊や虻などが大量にいて虫除けなんて効果なし。

 

これなら工場のラインの方がまだ良いってぐらい正直キツいんですけど1週間程度だし気軽に引き受けたからには「信じられないぐらい綺麗にしてやる!」と変なテンションで今日も今から頑張ります(^-^;)

 

 

この苦労の先にはお給料とか別に無いんですけど、黙々と苦労をしてるとなぜか「これが終われば良いことあるに違いない」って考えちゃいませんか?

 

水戸黄門じゃないですけど苦労したら楽が来る、って心のどこかで信じてて苦労と楽は等価交換だと思っている気がしてます。

 

しかし、苦労って必ず報われるわけじゃないです、だから絶望もある。

 

オリンピックで金メダルをとりたいとか、パイロットになりたいとか、そういう高い目標で味わう絶望じゃなくても、逆上がりが出来るようになるとか、50m泳ぐとかでも出来る子はすぐできるのに必死になっても出来ない子はできないもんです。

 

世の中にはやっても意味が無い苦労が沢山あると思う。

 

やって意味の無い苦労は無いかもしれないけど、それに費やした時間と溜め込んだストレスと等価交換できるほど価値があるかどうかを考えなきゃいけない。

 

「それはいつか自分のためになるよ!」とか他人事に耳を傾ける必要は無い、ちゃんと「この苦労で自分は何を得られるのか」を自分で理解して、必要のない苦労は避けるべきだと思う。

 

なんでもかんでも逃げるんじゃなく、自分が持ってる苦労パワーの矛先をちゃんと考えないと。

 

 

例えば、魔法使いが格闘技を覚えていいことあるだろうか?

 

もちろんボクシングで人を殴るスキルは無いよりあったほうが絶対言い、でも、大切なのは「魔王に勝つ」という目標に向かって自分がやるべきは魔法の勉強だ。握力10kgだったって、遠く離れた所から回復の呪文を使える方が役立つ。

 

大切なのは目標設定とそれに向かってどうすれば良いかを考え、苦労する矛先をちゃんと考えないとね。

 

 

 

で、私はというと農作業は自分の中で「ダイエット」だと信じてましたが違う気がする今日この頃です。

 

 

 

でわでわ、