kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

メールの行間にこめる想い

 

昨日は中二病なエントリーをしてしまい不愉快だったかと思います、すみません。でも、たまにエロな本音を書くのもいいなとか思ったり思わなかったり・・・、たまにはもてない男兄弟の恋愛事情も書いてみようかなと思います。

 

さて、今日は普通の人生雑感に戻ります。

 

一昔前、私が高校生ぐらいまでは携帯とかメールとか無くて、遠くの友達との繋がりは年に1回の年賀状もしくは手紙でした。

 

子供の頃から転校が多かった私は子供ながら年賀状を毎年60枚ぐらい書いたり、女の子は手紙をくれたりするので(男からは全く無かったですね:笑)文通みたいにやりとりしてたのを今でも覚えています。

 

手紙というと字の綺麗さもありますが、句読点、行間、段落などが上手な手紙はパッと見たときの美しさ凄くて、そういうセンスがある人の手紙は開いた時に、それが一枚絵みたいに「うわっ、綺麗だな」って思うんですよね、そして読んでも美しい。

 

携帯やパソコンのメールみたいに書いては消してが出来ないので、頭で考えていることを整理しつつ字に落とし込む作業は結構大変で、書いてる途中に考えがかわったら「あ、違ってますかね?えへへ」みたいに話しを訂正したりして、会話をしているような、気持ちがそこに書き写されているような、なんか風情を感じていたような気がします。

 

そんな時代から現代のメール文化に移り変わっていく過程で、ポケベルとかショートメッセージという「文章を出来るだけ胆略的に相手に伝える文化」を通過するのですが、これによって文章としての美しさが少々欠け、文章は「簡潔に出来るだけ短い文章で伝える」ことに努力し始めた気がします。

 

私みたいな文才の無い人間が言っても説得力の欠片もありませんが、そうなってくると現代人はメールやブログ、はたまた手紙を書いたとしても無意識で略語を使ったりして文章を出来るだけ簡潔に詰め込もうとしていたり、パソコン(携帯)は気持ちをそのまま文章に置き換えられるので、思いついたことを羅列しただけの文章(私のブログですね…)になったりして、なんだか文章の美しさが感じられなくなったような気がしてちょっと残念に思っています…。

 

かといって「手紙がよかった、手紙を書こうよ」って話しじゃないんです。

 

相手に気持ちを伝えるための文章ってどんなんだったっけ?とか、どうしたら読みやすくなるかな?とか、こういう言い回しだと面白いかな?とか、そういう思考を思い出して、メールでも句読点、行間、段落なんかを考えたりしてみるのもいいかなと思います。

 

他のブロガーさんの文章でも凄い綺麗な人もいれば、論文のように淡々と書いてる人もいて読むのも勉強になります、やはり文章を書くのが上手な人は凄い!

 

私ももう少しまともな文章がかけるように頑張りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

でわでわ。