読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

収入に見合った生活

 

こんどは「プア充」という言葉が世に出てるらしい。

 

お給料をそんなに貰わなくたってプアー(貧乏)でも充実した生活が日本では可能なんですよ、っていう本が発売されて、それでこんな言葉がでてきたようです。

 

この売り込み方が若干ですがステマな雰囲気を醸し出していますが、まぁ、それはおいといて、今日はこの「貧乏でも幸せに暮らしていける」という視点ではなく、「収入額に見合った生活をすることで生活を棲み分ければいいのでは?」というエントリーを書いてみます。

 

 

日本は男女性別による差別や、身体的な障害(個性?)がある差別については遅れをとっていて、その点については改善しようとしているのに、お金についての「格差(棲み分け)」についてはあまりにも無関心だと思います。

 

全てにおいて「平等」「差別反対」と言って子供の運動会で「全員一位」なんで暴君が許されているのに、はっきり存在している「お金」による格差については「臭い物に蓋」して見て見ぬふりしており、あくまでも「日本人はみな中流階級」と言わんばかりに無視していることは大きな問題であり、それが社会的な歪みを生じている一つの原因だと常々感じています。

 

暴言かもしれませんが、貧乏な人は貧乏なりの生活水準があり、お金持ちはお金持ちなりの生活水準があると思うんです。

 

例えばアメリカ等だと街によって「ここは危ない地域」とか「ここはお金持ちが住んでいる地域」とかあって、その中には実際に「ここは黒人が買い物する店だから入れない」とか「ここは白人の金持ちが買い物する店だから入れない」といった具合に暗黙の了解でですが別けられているケースもあります。

 

でも、これは「差別」ではなくお互いがお互いのためを思って、そしてみんなが快適に暮らしていくために必要な『棲み分け』です。

 

しかし、日本はどんなにお金持ちでもベンツで吉野家の牛丼280円を食べに来て「たまにはこういうのが食べたくなるんだよなぁ」とか言ったり、激安ショップでセール品を血眼になってお買い物します。

 

かと思えば高級ブランド品店にドンキーホーテジャージのまま入って、品格無く大声で喋って何も買わずに出ても「客だから」で許されると思ってる。

 

これって変じゃないですか?

 

お互いがお互いに不利益になっている思いませんか?

 

そんなお客が原因で他の多くの客に迷惑がかかり、お店の価値が下がってしまうなら、そんな客は「帰ってください、迷惑です」ってきっぱりと言われて当然なんです、でもそれが言えない。

 

本来は「俺が立ち入れない場所なんてあり得ない!差別だ!私は差別された!」って意見に反論できる線引き(棲み分け)があっても良いと思いうんですよ。

 

 

 

 

自分の今の生活に見合ったフィールドで生活することで、違うフィールドに住んでいる人の迷惑にならない、また、お互い一線を越えてきたら拒否することでお互いの生活が快適になる、それが「棲み分け」であって、お互いハッピーだと思うのですがいかがでしょうか?

 

こういうと「貧乏人を拒否するなんて!」とか言って金持ち側を罵る人もいますがそれは違います。そもそも貧乏という括りすらなくて「身の丈に合った生活」を推奨しているのであって、金持ちにも立ち入れない場所を作ろうって話しです。

 

 

 

 

 

でわでわ。