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kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

原子力も火力も水力も似たような因果応報エネルギーだと思った話し

 

今日は最近の下ネタとかサラリーマンネタから打って変わって時事ネタ、しかも反感を買いやすい原子力ネタでいきます。

 

昨日から始まった福島原発の廃炉に剥けた核燃料取り出し作業を見てて思うことをエントリーしたいと思います。

 

※今日は長文です、しかも乱文です・・・。

 

 

 

 

■まず、火や水のエネルギーはなんで怖くないのか?

 

震災後、原子力について色々な世論や個人的意見がありますが、私は現代の生活において原子力は、既に火や水と同じぐらい人間の生活に欠かせないエネルギーになっていると思います。

 

でも火とか水はあまり怖くなくて、原子力は怖いと思ってる、それはなぜ?

 

現代でも、火災事故を筆頭に山火事などで多くの事故は起きてるし、水だって津波、地震、台風、etcで未だに世界中で膨大な被害がでて人がたくさん死んでる。

 

火も水も「人の死の数」だけでいえばかなり危険なエネルギーのはずなのに、それは危ないと思って無くて、原子力は超危険と定義している、この差はなんでしょう?

 

 

まず火とか水については、聖書で「正しく使えば生活を豊かにするが、使い方を誤れば人に危害をもたらす」とか「悪いモノを清めるもの」とか「世界を焼き尽くす」みたいなことが書かれてるらしく、それって昔は「御せないエネルギー」だと思ってて、みんな不安を募らせてた、怖かったって証拠だと思う。

 

それが現代において危険意識が薄れているのは、それをずっと昔から使い続けてきて、多くの犠牲の上に「御している」自信を持っていること、そして、ずっと使い続けたことによって使うリスクが「これぐらいだな」って理解してきたからだと思う。

 

 

 

■じゃぁ、なんで原子力は怖いのか?

 

原子力は自然エネルギーじゃなくて人間が作り出したものだし、まだ(人類の歴史においては)使い始めて日が浅い。でも頭のいい人達は原子力エネルギーを御してると思ってるし、原子力発電所もガンガン作って、知らない間に身近になってた。

 

でも、まだ一般的には身近な技術じゃなくて、コンビニで100円の「原子力ライター」とか無いし、鉄腕アトムドラえもんみたいな原子力で動く友達が居ない「よくわからない=怖い」って意識が強い。

 

それに、今回の福島原発の事故みたいに震災が原因だとしても、頭の良い人が「想像以上の事故」って言っちゃったら恐怖は倍増だし、それってまだまだ頭の良い人たちでも「リスクのスケールを理解できてない」ってことだと思う。

 

だから原子力エネルギーは怖い。

 

 

 

■結局なにがいいたいのかというと。

 

で、何が言いたいかっていうと、原子力エネルギーも、火や水のエネルギーも本質は一緒で、利便性と危険性の二律背反であり、どれも因果応報というか、正しく使えば便利なエネルギーだけど、それによる災いはかならずある気がしてる。

 

違いは、それをどれだけ使ってきて、どれだけ時間をかけて制御する技術を身につけかた、そして、どれだけ時間をかけてリスクのスケールを理解できたか、て差じゃないかと思ってる。

 

だから、原子力エネルギーを制御しようとする努力と、そのリスクを考え続ける必要があって(=原子力発電賛成でも無いですよ)、それをリスクゼロ目指して「そのエネルギーを使わない」という選択肢は駄目だと私は思う。

 

原子力エネルギーって人間が作りだして背負うべきカルマというか、今後ずっとずっと、嫌でも利便性と危険性に付き合っていかなきゃいけないエネルギーだから、たとえ牛歩だろうが、石橋を叩いて渡ろうが、原子力エネルギーと向き合って、上手に使う努力と、リスクをちゃんと知ることに知恵と技術を使ってほしい。

 

だからこそ、福島原発の事故も「危ないから使わない」じゃなくて「リスクを理解する」一つの経験として積み上げて欲しい。

 

 

それと、話しはちょっとそれるけど「わからない」=「怖い」のままは良く無い。

 

風評被害じゃないけど、全然問題無いレベル、安全なことですが「怖い」「危ない」って言ってソレを排他してるって、それが差別を作り、二次被害となるから。

 

危険じゃ無いものは「危険じゃ無い」と言えるようにするのも「リスクのスケールを理解する」ということだと思う。

 

 

 

※もちろん「犠牲」っていうと「身内が死んでいいのか」って話しになるし、そんなの全然良く無いし、自分も死にたくないんだけど、でも結果として「悲しい事故だった、もう原発いらない」で終わるより、「その犠牲がったからこそ次の世代が安心して暮らせる技術」に繋がる方が個人的には嬉しい。

 

 

 

福島原発4号機の廃炉に向けた燃料取り出しはどう思うか。

 

昨日から始めた福島原発4号機の廃炉に剥けた燃料取り出し作業に違和感がある。

 

あれって事故がなかったらそのまま5年ぐらい放置して冷やして、時期をみて取り出してキャスクって入れ物にいれて再利用工場に持ってく予定だったらしい。

 

だけど事故によって建物が壊れちゃって、次に大きいな震災がきたら、水(汚染水)からでて空気にふれて大爆発する可能性がある。だから「どうにか取り出してキャスクにいれなきゃ!」って話し。

 

 

でも、それを取り出すリスクって前人未踏で半端じゃないはずだし、そんな事故から取り出した廃棄燃料をキャスクに入れたって再利用するとも思えないから「ただ、安全なところに移動する」だけのような気がしてて、それの安全性については(考えてるんだろうけど)あんまり情報がない。

 

 

だから、このニュースを観てると「取り出さないリスクとかも考えた?取り出すことばっかり考えてんじゃ無いの?」って思う。

 

 

だって、今までだって通常の使用済み燃料の出し入れ作業で3本も損傷させてたけど、それでもほっといて安全だと言ってたわけだし、そもそも1200回中に3回も失敗してたらしい。

 

(情報ソース:損傷の燃料3体 福島第一原発4号機プール)

http://www.minpo.jp/news/detail/2013111312100

 

だとしたら私は「そのままの状態をキープする手段」をもっと考える。

 

 

確かに早急に(とかいって2年近く放置してるけど)どうにかしなきゃいけない問題だと思うし、こういう事故の原因を追及したり、使用済み燃料の保管方法について学ぶべきことが多々あるのは間違い無いと思う。

 

 

だけど「全部取り出す」とか「廃炉にする」ってことを推し進めているのは、「危険ゼロ・絶対安全」を目指しすぎた結果、あえて巨大なリスクを選んでる気がするし、それって政治的(オリンピックを見据えてる)というか、そういうモヤッとした背景があって無茶をしてる気がするのは私だけでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でわでわ。