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kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

とにかくまず「すみません」と謝る癖

 
私が子供の頃、学校で喧嘩すると、どんな理由があったにしても喧嘩両成敗で、まず謝ることを先生に教えられた。
 
どんなに理不尽だと思っていても、どんなに自分が悪くなくても、とにかくまず「謝る」ことが大切だって、自己主張はそれからだって。
 
だから、とりあえず何かいわれたら「すみません」、怒られたら「すみません」って言えって教え込まれてきた気がする。
 
 
それは大人になっても人間関係を円滑に進めるため、ビジネスを成功するためにも「どんなに理不尽でもまず謝る」ってコトが社会の常識っっぽくて、どんな場合でも、相手が怒ってる気配があれば、まずは「すみません」って謝ることが大人の対応だと教えられた。
 
 
 
ちょっと意味は違うけど日本人って道を歩いていて物を落とした時、その物を拾ってもらっても「すみません」って言ったり、ちょっとそれ取ってほしいなって時も「すみません、あれを・・・」っていうし、日本人として「すみません」は無意識に喋ってしまう、「すみません」はもう口癖みたいなものになってると思う。
 
 
だから、理不尽だろうがなんだろうが理解できない状態で急に怒られたりすると、とにかくまず「すみません」って口走ってしまう。
 
 
でも、じつは後から「あれ?謝っちゃったけど自分は全然悪くないよな・・・」って気がついて、そしてムカムカと腹が立ってくることが意外と多いんじゃないでしょうか?
 
 
 
私がこの「すみません」について意識したのはフィットネスクラブのお風呂に入ってるときです。
 
私が通ってるフィットネスクラブのお風呂場で、一カ所だけすっごい勢いでお湯が出るシャワーがあって、そこを使うと水しぶきが飛びまくるから私はそれを使うの避けてたんだけど、たまたまソレを使ってたオジサンがいて、まったく問題無い範囲で使ってと私は見てて思うんだけど、その水しぶきで濡れた別のオジサンが一瞬にしてキレた。
 
「ジャバジャバ水がかかっとろぉ~が!!あんたわかっとんかぁ~!!」って。
 
 
そう言われたオジサンは瞬時に「あ、すみません・・・」ってまず謝った。
私も当事者ならぜったいそう言うと思う。
 
でもそのオジサン、10秒もしたら自分はそんなに悪くないって気がついてきたみたいで、でも反論する勇気も無かったのか、そこからずっとブツブツ独り言で文句言い出して、そのうちキレたおじいちゃんがいなった頃にサウナの扉を蹴りだして、次はスタッフ呼び出して「シャワーがおかしいから罵られた!」ってすごい理不尽なことを言い出した。
 
 
お互い目くそ鼻くそなんだけど、それ見て「まず謝る癖」ってあんまり良く無いなって思った。
 
 
とにかく最初に謝罪する、もしくは怒りが収まるまで聞き続ければ物事が大事にならないかもしれない。
 
だけどやっぱり「自分は一切悪くない」と思ってるのに謝るって凄いストレスが貯まるし、それは昨日のエントリー「怒られない大人達」でも書いたとおり、人間はそういう理不尽なストレスは当事者じゃなくて、自分より弱い人間に向けちゃう傾向があると思うから良く無い。
 
直接目を見て文句をいうことが出来ない弱い人でも現代ではメールや他人のサイトに文章だけで中傷できる、だからネットの中傷もどんどん悪質化してるんじゃないかと思う。
 
(※そういう人に限って電話しても出なかったり、会って話しをすると紳士的な対応をしたりして、凄い二面性というか、心の根っこはあの文章なんだと思うと、その偽りの姿に凄い吐き気がする)
 
 
それに、謝られた方は「なんだ、私は悪くないのか」って思うから調子にのって自分を正当化し続けちゃって、最終的には「謝らなきゃいい」「騒げばいい」「クレーム言い続ければいい」、そしたら得をするってことに気がつくから、そうやってクレーマーとかDQNが世に蔓延っていく気がする。
 
 
 
とにかく「すみません」は日本語として つい言ってしまうのは仕方が無いかもしれない。だけど、自分に非がなければすぐに、当事者に直接、目を見て物申さなきゃいけないと思う(※もちろん怒ってじゃないですよ)。
 
でもそれが出来ないなら、その怒りを他にぶつけないで自分の心の中で解消する心の強さ、もしくは柔軟さを身につけなきゃいけないなと思う今日この頃です。
 
 
 
DQNに一言でも楯突いたら刺されそうだから謝るか逃げるのも正しい手段ですよ、そこは臨機応変に…。
 
 
 
 
 
 
 
 
でわでわ。