kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

本当の自分を偽って歳をとるから酷い老人になるんじゃないか、って話し。

  

私はこうみえて(匿名ブログですが)緊張しいで、子供の頃から人と話すのが苦手でした。

 

かといって引きこもりで無口なわけでは無く、緊張するからこそ良く喋るというか、愛想が良いというか、ようするに自分を作ってでも気に入られようと人と会わせる「長男タイプ」。まぁ、長男なんですけど。

 

私の思う「合わせる」というのは「家庭」「学校」「会社」とかっていう協調性が必要なエリアの中で「ここの線から出ちゃいけない」枠があって、そこからでて無い自分を演じるのが「合わせる」って感じ。

 

だから、変だなと思ってても、興味が無くても、嫌いでも、好きでも、「同じエリアの人間ですよ~」っていう自分を作り出すわけで、全然身の丈以上のことをしたり言ったりするから、台詞を覚えていない舞台にでるような感じ、だから緊張する。

 

 

でも、会社を辞めて「会社」っていう大きなエリアから外れたら、ある日とつぜん風船がはじけたように「演じる必要は無い、自分の心に素直になって人と接することが大切だ」って思うようになって緊張が減った。

 

「分からない事を分からない」っていう、人と意見が違ってても「違う」って言うように心がけてると、台本を完璧に覚えて舞台にでる気分というか「こんな自分を見て」って感じなので緊張もしないし凄い楽だし、なによりそれで叱られたり議論することで自分が成長する気がしてとても心地良い。

 

 

そういう態度は他から見たら馬鹿者が過剰な自信をもって態度がでかいだけで嫌われるかも知れない。

 

でも、人は多かれ少なかれ、みんな本心を隠して演じて生きてて、特定の場所(酔ったり、家族にだけだったり、夫婦間だけだったり)で本心を出してるから、それを「隠してる」か「隠してないか」ってことを理解してる。

 

だから、演じてる自分と、本当の自分のギャップは自分が一番よくわかってて、その大きなギャップを隠している事をストレスだと思ってるし、「隠してない」「隠さずに生きている」人を妬んだりしてる。

 

そういう人って結構多いんじゃないかな?思う。

 

 

そして、それを良い歳して続けてると一生本当の自分出せなくなるから、できるだけ早く「本音でぶつかって自分を磨く」ことが大切なんじゃないかと思う。

 

年取って本音だすと叱ってくれる人がいなくなるからね。

 

(※だから世の中に「めんどくさい老人」が多いのは定年過ぎて自由になって本心を出して、そして誰も叱ってくれないから酷い大人が溢れちゃったんだと思う)

 

私はあんな酷い老人になりたくないから、アラフォーだけど自分磨きのためにこれからも本心で話しをしていこうと思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でわでわ。