kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

業務効率化を追求し続けたから日本企業は経営が悪化したと思う

 

過去のサラリーマン経験を思い出してみると、バブルがぶっ飛んだ失われた20年を突っ走ってる私にとって「業務の効率化」というテーマは永遠に続いていた気がします。

 

思い出せば、私が社会に入ってすぐの頃はパソコンも無ければメールも無い時代で顧客リストだって紙だった。毎月毎年「はい、今月(今年)分ね」って渡されて、それに色とりどりのペンで色づけして、数えて、訪問する計画をたてる。

 

もちろんスマホも無い、ってか携帯も無くてかろうじて数字がでるポケベルを渡されてたので一度外にでると結構自力で、訪問する時は事前に「あの駅で乗り換えて、あそこまで歩いて、で、あそこで飯くって、どこどこまで行って・・・」ってもう大変。

 

徒歩の時は路線図と地図とニラメッコして考えてから行動してたし、公衆電話の場所とかだいたい覚えててテレホンカードも山程もってた。車で移動する時もゼンリンの特大地図を何冊も持って調べてたし、常に車には在庫品をたくさん持ち込んで毎日100km以上は走って…、と、今では想像できない感じ、普通に朝は8時前出社、9時までって感じ、なんか懐かしい。

 

こういう仕事もIT時代の到来で「効率化」って名目で馬鹿高いシステムを導入しまくり、顧客情報はパソコンで管理して訪問履歴からなにか全部閲覧できるようになり、携帯電話でいつでも連絡できようになり、メンテナンスしてる機器自体も凄い良くできてて、修理も簡単だし、パーツ数も減ったし、それ自体が自分で壊れてるところを表示するから誰でも修理できる、って感じでどんどん仕事が簡素化・効率化してった。

 

で、効率よく仕事ができるようになって楽なるかっていうとそうじゃなくて、「既存のお仕事」は今まで10人でやってた事を5人でできるようになるから、後の5人は「あたらしいお仕事」をやるって話しになる。

 

当時、効率化と共に偉い人達が大好きだった言葉は「新規事業の創出」だった。

 

たぶん、モノが売れない時代で事業計画もどんどん右肩下がり。なのにITバブルで若い経営者がポンポン稼いでいた時代背景もあって、日本全体が「既存の仕事では稼げない、何か新しい事業の柱をつくらなければ」って考えてて、「IT事業創出」に夢中になり、目星もないのに「稼げる何かを考えよう!」みたいなことやってた。

 

これが今となっては笑い話で、会社は先行投資という名目でお金を垂れ流してITブームにのっかろうとするんだけど、今みて分かるとおり大手企業のシステムなんて人件費の塊だから高いだけで使えない、しかも糞商品で納入するのは役所ぐらいでほとんど売れなかった。

 

結局新しい事業も育たず、その間、既存のお仕事はコストを下げるためにどんどん海外にシフトした結果、技術もどんどん盗まれて安価で良い製品が海外で作れるようになり、その海外製品に勝てないから、さらなる赤字化。

 

思いついた苦肉の策が「既存の商品に付加価値を!」ってなって、エコだの、環境だの、高機能だの、Made in Japanだのと付加機能をつけるんだけど「大幅な値上げ」をするから今ひとつ売れない。

 

もうどうしようもなくて固定費・人件費の削減・・・←たぶん今ここ

 

 

こう振り返ってみると「業務の効率化」って意味をだいぶ間違ってて、それで自分達で自分達の首をしめていたんじゃないかと思う。

 

専門性をみんなで共有して生産性を上げる「農耕民族的思想」は高度成長期の日本にはとても良く機能していたと思う。

 

だけど、それは現代ではもう通用してないし、それにもっと早く気がつかなきゃいけなかったんじゃないのかな、まぁ、後の祭りですけど、それによって日本企業の価値はだいぶ下がって、もう取り戻せないところまで来ている気がします。

 

今の日本企業の「良さ」ってなんですかね?

 

 

 

 

 

でわでわ。