kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

iOS7のフラットデザインについて悪口を聞かなくなって思うこと

 

iPhone5sが発売されたと同時に世に出てきたフラットデザインを採用したiOS7ですが、出た当時は「画面に酔う」とか「ジョブズを冒涜にしてる」とか、ボロクソいわれてましたね。

  

でも、あれから数ヶ月経って悪口をいう人も、そういう記事も見なくなったと思いませんか?

 

 

私は心理学とかよく分かりませんけど、世の中、いや、今の日本って「新しいものはとりあえず拒絶してみよう」っていう心理現象がすごい強い気がしていて、ネット社会がそれをさらに助長しているように思えます。

 

 

今の社会(私自身の学生生活や社会人生活)において、物事のルールを作ったり、変更したりすると、その後に「運用(変更)してみて、一定期間経過してから再検討&修正」というプロセスが全くありません。

 

総理大臣も社長も先生も「責任=辞表」ってすぐ当事者が居なくなるし、決められて動いているルールを変えるって凄い大変な労力になってて、『決めたことを後から再評価・再検討して、そして修正する』っていう仕組みは盛り込まれていても、そんなの建前だけであって、まったく機能していない。だから良くも悪くも「決まったら変わらない」って思ってる。

 

それは「=失敗できない」社会ってことに繋がってて「失敗したくない=困ってないなら変えない」っていう思想に結びつくのは当たり前だと思うし(私もそうだし)、それによって「新しい事」は見るまえから「兎にも角にも拒否」っていうスタートラインに立つのは必然のような気がします。

 

また、ネット社会がソレを助長していると思う理由は匿名性ってのもあるけど、それよりもアクセス数を稼いでネットで稼ごうとしている人が多すぎて、釣りみたいな記事を書きまくってる人が多すぎ&それをまとめすぎだと思うからです。

 

釣るための餌記事なんてのはまともな記事よりも、声が大きくて暇そうな人達が食いつきそうな「悲報www」「オワタwww」「マジやばいwww」ってタイトルで糞記事を書いて炎上させればアクセスアップ=広告収入、それをまとめてアクセスアップ=高校収入って仕組みができててかなり鬱陶しい。

 

しかも、それを今度はテレビのニュースでやっちゃうし、それだけ目につくと心理的にも「世の中そうなのかも?」って思っちゃうって、それがまた「真実が見えない」原因のような気がする。

 

 

これは原発問題とか秘密保護法案とかでも似ているような気がする。とにかく決まったら最後だと思うから決めたくないし、決めるのに凄い時間がかかる。しかも、後からそれについて「変えてみたけどどうかな?」っていう人は誰も居なくて、失敗してたら「責任とれー!」、成功してたら「当然だー!」で終わり。これを繰り返してるだけで何がしたいのかぜんぜんわかんない。

 

それみてネットでは「糞政治家降臨www」って同じような釣り記事が溢れ、まとめられ、選挙は一度も行ってないし国会中継見たことないような人達が集まって声を大に「反対!反対!」って言ってる。

 

 

そういうの見てるの凄い疲れる今日この頃、どうにかなりませんかね…。

 

 

 

 

 

 

 

でわでわ。