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kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

他人を否定してまで自分を肯定するのはかっこ悪いと思う話し

 

いきなりですが、私はフィギュアスケートの良さがさっぱりわかりません。

  

奥様が大好きなのでテレビで何度も何度も観てますが、あの踊りと音楽の一体感が無い感じ(そもそもそういう競技じゃないの?)が観ていて共感できず、そもそもルールが「美を採点する」という絵の評価みたいな主観が競技になっているところも共感できません。

 

だからといって理解できないだけで否定するつもりはありませんし「なぜあんなものが世にあるんだ、無くなればいい」とかは思ってません。逆に、あれだけ大勢の人達が涙するほど感動しているんですから、理解できなくて損した気分です。

 

 

しかし、私が「フィギュアスケートの良さがわからない」というと、あれを観て感動しないなんて人間のクズか!?もしくは人としての心が腐ってんのか!?とまで言わん勢いで「なんで観てないの!フィギュアスケートを馬鹿にしているの!?なんであれが理解できないの!」ってたたみかけてくる人がいます。

 

でもね、わかんないもんは、わかんないんですよ。

 

フィギュアスケートが好きな人が楽しそうに語ってるのを聞いてると自分の知らない世界があって「そうなんだぁ、凄いねぇ」って思いますし、別に絶対に観ないと決めてるわけじゃない。ただただ、僕はそれほど感動しないし、だったら他にやることがあるなって思う。

 

だから「ね?面白いでしょ?面白いんだって!だから観ようよ!次回はxx日だよ!!」っていわれても、「まぁ、また機会があれば」ってぐらいな返事しかできないし、そこからどれだけ説得されてもそれ以上の返事はできないし、したとしてもそれは心にも無い嘘です。

 

私は「プロ野球(Not 野球)」も興味無いし、「半沢直樹」も観てないし、「あまちゃん」も観てないんですけど、それも「なんで観てないの!?あのドラマは絶対観た方が良いよ!」とか「野球は社会人として知っとかないと駄目でしょ!!」っていう人が結構いる。

 

 

こういう人を見ていると、「自分が好きなことが受け入れられない=自分を否定されている」っていう感情論が先走り、自分の思い通りにならないと拒絶することで自己肯定しだし、相手を罵しり傷つけることで自分を守っているんじゃないかと思います。

 

だから、匿名で一方方向で人に意見を伝えられるネット社会では、それが凄い簡単に、しかも相手に何も仕返しされずノーリスクでできるから、平気で「こいつ馬鹿だ!アホだ!しね!」って書いちゃう。もしかしたら、それが実社会では言えなかったストレスの捌け口も加算されてるかもしれない。とにかく自分のために他人を傷つけることがとっても簡単過ぎる。

 

そりゃ私もこんな馬鹿みたいなブログ書いてるし、多かれ少なかれ他人に肯定してもらわないと生きていけないし、できればみんなに認められたいと思います。

 

けど、やっぱり人を罵倒して傷つけてまで自分を肯定するのは心が弱い証拠でかっこ悪いと思う。だから、せめて自分は罵倒されても罵倒しない、そうありたいなと思う今日この頃です(願望)。

 

 

 

 

 

 

でわでわ。