読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

焦って新たな価値を足し続けてるからみんな路頭に迷ってる

 

先日オーブントースターの調子が悪いので買い換えようと電気屋に行ったら「xxx機能付き」「ピザが美味しくやける素焼きプレート付き」とかいろんな付加価値がついた製品が揃っていてお値段もけっこう高め。

 

でも、私が欲しいタイマーだけついただけの普通のトースターで、それは陳列された商品の一番隅っこの下段で2480円で作りが粗悪、軽くてグラグラするし扉がパコパコと軽い。 私は普通のトースターが欲しいのですが粗悪じゃなくて「しっかりした普通のトースター」が欲しいのに、それは無いんですよね、いろんな機能がついた素敵なやつじゃないとドシンとしてない。

 

ちょっと話しの角度が変わりますが、吉野家に牛丼を食べに行ったら鍋のセットがあって、テーブル席でのんびりゆっくりと主婦が会話しながら鍋を食べてるのを見た。

 

たしかに既存の280円の牛丼では儲けも無いし、そういう客層が減ってるから、企業努力の方向性はメニューの多様性や、新しい客層の創出などあるかもしれないなと思う。けど、すぐ隣にあるファミレスでも鍋料理フェアやってるし、びっくりドンキーのハンバーグ屋でも鍋メニューだしてて、みんなで鍋メニューを提供してる。

 

それって既存事業の強みに+αの付加価値をつけているように見えるけど、ちょっと視野を広げてみると結局はみんなで鍋やってて、全然専門性がない付け焼き刃的に「客が増えそうなメニュー」を増やしてる。でも客としては「どこにいっても鍋」になっちゃってて、だったら鍋食べたい時は鍋の専門店にいくし、牛丼食べたいと思ったら吉野家にいくし、ハンバーグ食べたい時はびっくりドンキーにいくってなる。

 

それとか、新たに出来たBarが「和風角打ちバル」って書いてあって、バルってスペイン文化じゃないですか。それを和風にしてしまってる時点でバルじゃないんだけど、そこに福岡の立ち飲み文化「角打ち」までくっつけて、メニューはビールやワイン、焼酎やハイボールまであって、焼き鳥もあれば生ハムも、缶詰もある。それって何屋なの???って思う。

 

 

で、結局何が言いたいかというと、大切な本質のコアなところが抜け落ちてて「付加価値」とか「新たな価値」ばかりに目が行きすぎてて変化ばかりに目がいってしまい、「変化」自体が目的になっているような気がしていて、しかも、そのスピードが速すぎて取り残されることにすら怯えて「早く変化しなければ~!」が口癖になっている企業って多くないですか?

 

それが間違ってるとは言いませんが、多様化し過ぎて方向性を見失ってしまっているというか、井上陽水の歌じゃないですけど探してるモノが何か分からないのに探し続けているような、大切な基礎となる足場を疎かにして、本当に大切なしなきゃいけない生活を豊かにする=必要とされているモノを提供するっていう視点を完全に見失って路頭に迷っている気がするんです。

 

風林火山の山じゃないですけど、どっしり基礎を固めて落ち着いて考えれば、自ずと必要の無いものを「引く」発想が生まれ、実はより新しい価値を創出できたり、それが生活を豊かにすることがあるような時代になっている気がします。

 

だから、新たに何かを創出しようとするときも「足す」というプラス発想だけではなく「これが本当に必要かどうか」という基礎をしっかり持って、足す、引く、もしくは割る、かけるが必要だなと思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

でわでわ。