kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

天気予報に左右される生活

 

戦後も間もない頃、まだ除雪車なんて無かった時代には私の親が住む(日本の)中国地方の日本海側では2階から出入りしなきゃいけないぐらい雪が降ったとか降らなかったとか。

 

それと比較すればたしかに「温暖化」なのかもしれないけど、どう心頭を滅却したって寒いものは寒い今日この頃、みなさま体調はいかがでしょうか?

 

今夜から朝方には関東でも雪が降るかもしれないらしいし、私の住む福岡(南の島のように言われがちだけど実は日本海側)でもだいぶ冷え込んでます。

 

さて、本題ですが私は「ぜんぜん当たらないじゃないか」とか言いながらも半径数キロ単位で予測してくれる律儀な「天気予報」を毎晩・毎朝と一日に何回も見てるし、日曜日の夜には来たる一週間分の予報をみてからスケジュールするぐらい自分の生活に「天気予報」って身近です。

 

交通手段や貿易、さらには農家や漁師など天気によって予定が変わる人って多い、というか、天気によってまったく予定が変わらない人の方がもしかしたらすくないかもしれませんね。

 

しかし、自分がフィリピンに1ヶ月いたときに天気予報を見てたかっていうと「あれ?ぜんぜん見てなかったなぁ」って思い出しました、この差ってなんでしょ?

 

まず、気候が違うかもしれません。

フィリピンは概ね夏みたいに温かくて気候も穏やか、雪もふらなきゃ地面も凍らないし交通機関の麻痺なんてない、というかそもそも時間通り動いてないし電車もない、飛行機は日々遅れてる。雨っていってもスコールだから30分も雨宿りしてたら元通りに晴れる。

 

それと比べると日本は秒単位で性格に動く電車、バス・飛行機などは大雨や強風・台風などでも交通機関は遅延するし雪なら最悪は止まるかもしれない。電車や飛行機が遅れたからって遅刻したら「そんなのは予測できたのだから早い時間にでるのが常識」とか言われちゃう。また、服装や靴なども「晴れ用」と「雨用」を別けていたりしてるから朝起きる時間が「晴れ」と「雨」では違う人って多いと思います。

 

でもよくよく考えると原因は気候というのは後付けであって、本当の原因は読んで頂いた通り「生活スタイルや、時間を遵守する気質」ではないでしょうか?ようは、会議に遅れようが1日延期しようが気にしない人と、1秒でも遅れたら「常識が無い」と罵る人との差のような気がします。

 

 

どちらが良いかというのは人それぞれですから私が判断することじゃありませんし、会議ぐらいならまだしも「野菜がぜんぶ駄目になる」とか最悪は人名に関わることもあるのでなんとも言えませんが、でも、日々ずっと天気の「予報」に左右される生活というのもいかがなもんかなぁ、それってどうにか変えられないのかなぁ、という考える今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でわでわ。