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kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

生きるために人生を消化する人でありたい

  

先日ちょっと考えてみた、それは人生のおいて成功とはなんだろうかと。

 

若いうちはそれほど考えなかったことだけど、年を重ねると(といってもまだ30代ですが)自分にとっての成功=人生の道しるべというか、限られた人生で自分がやるべきことは何なんだろうか?

 

まだ全然答えは出てないけど、思い描く人生の成功は人それぞれ違うと思います。

例えば「富と栄光」という人もいれば、まったくそれに興味が無く、貧乏でも「家族の幸せ」とか「趣味に没頭」という人もいるけど、どちらも目指すべき目標であり成功だし間違って無いと思う。だから、どんなけ考えても答えはない。

 

ようするに、人それぞれ人生の目標があるので他人の幸せを自分の物差しでは測れないし、それを押しつけることもできないな、って。だから、人生の成功とは自問自答であり、自己評価でしか無いという非常に切ないものなんじゃなかろうか、と思う。

 

 

そんな中「成功というイメージが無いように見える人」がいて、そういう人ってただただ「人生を消化する為に生きている」ような気がしてならないし、世間を見渡してみると意外といる気がする。

 

私が理解できないだけで、そう思える人にも「成功」のイメージはあるかもしれない、でも、「いつ死んでもいいわぁ」とか「痛くなく死ねるならそれでいいわぁ」っていう人って、もしかして人生の成功イメージが無い=目標が何も無い、なんか諦めてるのかな、って思う、まぁ、それが幸せならそれでいいんですけど。

 

私は、生きるために、自分がイメージする成功のために、限られた人生を消化していく人でありたい。

 

それがどんなけ他人に罵られようが、自分が信じる成功への道のりを一歩でも、跪いてでも前に進みたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

でわでわ。