kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

ピーターパンシンドローム

 

近頃またギターを習い始めた結果、右手の爪を伸ばしてキーボードが打てません。

ジェルネイルしている女性達のキーさばきが神のように思える今日この頃・・・。

 

さて本題、ピーターパンは「ピーターパンだから永遠に少年の心をもっているのか」それとも「ネバーランドという環境で人生を楽しみ永遠に少年の心を持ち続けたいと思っているからなのか」と問われると間違い無く後者だと思うし、ピーターパンという物語はそういう心を忘れないでね!って話しだと私は思う。

 

しかし、世の中には「中二病」という言葉で馬鹿にされるように意外と子供のままでいることは良しとされず「ピーターパンシンドローム」という言葉もある。これは大人という社会に適合できない、成長できない子供のような大人のことをいうらしい。

 

Wikiを抜粋すると

『人間的に未熟でナルシズムに走る傾向を持っており、『自己中心的』・『無責任』・『反抗的』・『依存的』・『怒り易い』・『ずる賢い』というまさに子供同等の水準に意識が停滞してしまう大人』を指す、と書いてあった。

 

差別する意識はありませんが、世の中には発達障害な大人というのがかなりいて、私がいま行ってる職業訓練校にも50歳を遙かに超えていて、過去に学校の先生をしていたというオジサンが確実に上記に当てはまる。とにかく自己中で無責任、下ネタ言ってるか寝てるかしかしない完全なる授業の破壊者。個人的には大嫌いなので体裁取り繕って適当にほっといてる。そういう人もいる。

 

しかし、ピーターパンという存在は違うと思う。子供の心を忘れないというのは、いつまでも夢と希望に満ちあふれ、毎日が冒険のように困難で、楽しく、そして大切なものを守る心をもっている、そういう人で有り続けたいというメッセージなんじゃないかなと私は思う。

 

だから、大人として適合する為に子供の心を渋々封印してつまらない人生を過ごしている人間にはネバーランドで毎日夢見る少年が眩しすぎて、そしてそれを否定することで自己肯定をしているに過ぎない。

 

「ピーターパンになりたいというのは精神的におこちゃま、マザコン野郎だよ」とか、「ウェンディー好きなんて、大人の知性をもった幼女が好きなロリコン変態野郎だ!」とか、そんなコトいう人のほうが「なぁ、そんなに人生つらいのか?大丈夫か?」と聞きたくなる。

 

だから、私はあえて声を大にしていいたい「ピーターパンになりたい!!」と。

 

 

 

 

 

 

 

でわでわ。