kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

窓際族になりたいんでしょ?

  

私が社会に出た頃、もしくは私の親の世代にとって「窓際族」というのは多くのサラリーマンにとって屈辱であり、それはリストラ行為だったと思いまが、今ではそれを臨んでいる人が多いように思います。

 

ただ座ってるだけでもいい、草刈りでもなんでもやるから終身雇用で60歳まで面倒見て欲しい、毎月きまったお給料が欲しい、それが安定した生活だ、って願望です。

 

しかし、正社員になって安定した仕事を望んでいる人がこれだけいるにもかかわらず、会社の採用面接で『仕事はなんでもいいです、御社の職種が将来安定しており、低賃金でも終身雇用が守られていると思うからです』って言えないのはなんででしょう?そういう人が絶対多数いるのですから、割り切って「そういう人を望んでます」という企業があってもいいと思いませんか?

 

話しはちょっとそれますが、「就職試験の面接対策」とか、あの人に媚びる演技指導というのも違和感を覚えます。

 

はっきりと将来のビジョンがあって「あなたの下で働きたい」という人への尊敬があったり、「子供の頃から憧れていたパイロットになりたい」という専門職ならまだわかります。しかし、「この会社で働きたい」なんのはどう考えてもありえないのに「御社のビジョンに共感し・・・」ってのはお互い茶番劇だと思いませんか?

 

会社側も「給料安くても経験を積みたいんです!!!働かせてください!!!」なんていうラーメン屋の修行みたいな、やる気のある人を求めているようでいて、そんなのは置いといて面接なんて人間性を見てるだけで、履歴書の学歴とかスキルを見て即戦力を求めているという矛盾もおかしすぎます。

 

ようするに

 

会社側も「本音と建前」があって、社員も「本音と建前」があるにも関わらずお互いに『建前と建前』で話し合うあの採用試験・面接というのの意味が無いと私は思います。

 

会社だって「定期採用だし、ぶっちゃけ誰でも良いから、俺の評価が下がらないよう、すぐ辞めない奴」って思ってるならそう言えばいいし、そういう会社を希望している人も、そう言えばいいと思うんです。

 

採用する、たくさんの人を見極める、ってのはとても難しいし時間がかかります。

 

しかし、本気で会社に必要な人材が欲しい、共に働く仲間が欲しいという強い思いがあるならば、きっと違う形があるし、そういう若く素晴らしい人材が来てくれるような会社になるためには何をすべきかも自ずと「面接」も変わるはずです。

 

 

希望者集めて大宴会してもいいし、みんなで山登ってもいいじゃないですか。決められた時間、決められた質問、決められた取締役からの圧迫面接とかしてるより有意義だと私は思います。

 

 

 

 

 

でわでわ。