kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

目の前の試練すべてを乗り越える必要なんてまったくない

 

「超えられない試練など神様は与えない」なんてことを聞きますが、はたしてその山を越えることに費やした時間と苦しみに見合っただけの喜びやお金を得ているのかというと「間違いない!」と答えられる人は少く、「やってみなきゃわからない!」なんていうことを言われるような気がします。

 

ぼくが子どもの頃、体育の授業中だって部活で走ってる時だって「水分はとるな」が当たり前でしたが、この拷問は現代ではむしろやってはいけない行為です。では、この水分を取らず日照りの中を走り続けたことが私にとってプラスだったかというと疑問です(そもそもプラマイで考えてる時点で思考がおかしいのかもしれませんが...)

 

そして、それで根性がついかといわれたらまったくです、まぁ、唯一あるとすれば「あのころは」っていう同世代とジェネレーションギャップ話に花が咲くぐらいでしょうか。

 

 

そもそも根性とか途中であきらめないことが本当に大切なのかといわれたら「時と場合による」「人の考え方による」わけで、他人に迷惑をかけるようなことでなければ苦しい試練などすべて乗り越える必要なんてない、その労力を自分が進みたい道に注力したらいいんじゃないかと思います。

 

日本人ってなんでもかんでも「全てにおいて全力」「あきらめないことが素晴らしい」という根性論が植えつけられていて、しかも「途中でやめるなんて根性なし」「達成できないなんで人でなし」と村八分にまでされる始末なのに、「世界に一つだけの花」とか喜んで歌ってるのにやっぱり「一番になれ」的なことをいう・・・、うーん、理解不能。

 

ほんと息苦しい!

ぼくは人生常にBランク、人の一歩後ろで目立たず、そして負けず失敗せず、楽しくゆるく生きて、できれば毎日昼間からビールを飲んで早く寝るのが人生の目標なんです。

 

なんかやる気が無いとか、もっと自分を変えようとか、新しいスキルを身につけようとか、管理する立場になれとか、私生活でも毎日呑んだくれてていいのかとか、昼間からビールってどうとか、それもう褒め言葉ですからね。

 

神が与える試練なんて乗り越えずほっといたって十分喜びがあるし、苦しまず山の麓でくらしていいでしょ、なんら問題無い。

 

 

でわでわ