kanackyの日記

人生なんて邯鄲の夢

死について選択の自由がない

 

news.yahoo.co.jp

 
ほんと老人天国日本ですが、このニュースをみて日本って死に方について選択肢があまりに少ないし、自分は「健康なうちにさっさと死にたい、葬式なんてしなくていい」とか思っていても本当にそんな自由はないんじゃないかな。って考えさせられました。
 
日本は自殺大国と言われてますが実際この数字って???で「それ自殺なの、他殺なの?」とか「警察の検挙率を上げたいだけじゃね」って思いますが、それを差し引いたとしても自殺する人の中には、このニュースのように自分が病気で死を迎えるにあたって安楽死を選択できない人がいるんじゃないかなって。
 
もし僕が治る見込みの無い病気で余命を告げられ、薬で毎日苦しみ、家族に迷惑をかけていると感じたとしたら、健康な今だから言えるのかもしれませんが「このまま延命するのではなく、いま大切な人と一緒に別れの時を迎え死にたい」と思う。
 
そして元気なうちに、そういった「自分の死に方」を選べるんだっていうことは一つの安心にもなるし、家族とそういう話しもしたりするのはとてもいいことだと思う。
 
しかし今の日本で「余命を告げられた時に自分の死ぬタイミングを決めたい」なんて許されない、たとえ生きることが辛くても死を選べばすべて「自殺」。
 
ぼくは無宗教だし道徳的ななにかが抜けてるのかもしれないが、それは自殺じゃない。生きてきた自分の最後を決めるだけ。だから、このニュースの人と同じ状況になれば「自殺」を選んでしまうのかもしれないと思った。
 
いま僕にできることは、たとえ事故や事件で急に死んだとしても葬式はして欲しく無いし、墓もいらない。とにかくこの世に自分が生きてきた証は思い出だけでいい、だから生きているみんなができるだけお金をつかわず、自分たちの生活を守って欲しい。そうエンディングノートに書いておくことぐらいか・・・。
 
 
 
でわでわ